迷子の賢者は遠きナザリックを思う
第7話
<食わず嫌いも駆逐します>
注意
前回の流れと今回の題名で予想されている方も居ると思いますが、人によっては今回の話、合わないかもしれません。
その場合はすみません。
「あのぉ、何をなさっているのですか?」
うぉっ!?
いけない考えを何とか頭から振り払おうとして頭をブンブンと振っている姿を見ておかしくなったとでも思ったのか、先程小さな女の子にすがりつかれていたメイドさんが話しかけてきた。
「あっ、いや、なんでもないんです、はい」
とりあえず取り繕うように返事はしたけど、彼女の眼は未だ訝しい色を含んでいた。
でも、彼女は彼女なりに今の状況を把握しているようで、
「申し遅れました。わたくし、アルバーン家でエリーナ様付きの侍女をしております、マリィ・ハウエルと申します。まことに申し訳ありませんが、報酬はお支払いいたしますので、もし私のように助けていただけるのでしたら、まだ息がある護衛の人たちや家人を癒してはいただけないでしょうか?」
「あっ、いけない!」
馬鹿なことを考えている場合じゃなかった!
私は慌てて肉表記されていない人を(あっ、モツ表記だけの人も死んでないから当然入れてだよ)目標にして、
「<マス・ヒール/集団大治癒>」
指定したキャラクターを癒す魔法をかけた。
この魔法では部位欠損は直らないけど、これでとりあえず瀕死の人でも回復して動けるくらいまでになるだろう。
流石に<リジェネレイト/再生>まで範囲化して全快させてあげる義理も無い。
このメイドさんの場合は傷が治ったとしても腕が無くなったままだと、小さな女の子が泣き止みそうになかったから大サービスしただけだしね。
「助かった……のか?」
今まで地に伏せ、死を待つばかりだった人たちが不思議そうな顔をしながら起き上がってくる。
その殆どが鎧や魔法使いのローブのようなものを着た人たちだったけど、中には執事服を着た人もいた。
この執事服の人達がさっきメイドさんが言っていた家人なんだろうなぁ。
「さてと、これでいいかな?」
「ありがとうございます。助かりました。ですが今は持ち合わせがありません。もし宜しければわたくしたちと共にお屋敷まで来ては頂けないでしょうか?」
はい、願ってもない申し出です! だって、私は迷子なのですから! 逆に、ここで放り出されたら途方にくれてしまう所ですよ。
とは言え、そんな事を言えるはずも無いので、にっこりと笑って、
「はい、折角助けたのにまたあの子が危ない目にあってはいけないですからね。護衛もかねてご一緒しますよ」
「ありがとうございます」
私の意図にまったく気付かず、深くお辞儀をして感謝の意を示すメイドさん。
ちょっと罪悪感があるけど助けたのは事実だし、護衛になるのも事実だからいいよね。
あっでも、
「ただ、少し時間をもらえますか?」
「時間ですか? はい、こちらも生き残った者たちを再編成をしなければいけませんし、亡くなった方の埋葬もしなければいけないので問題はありません」
一体何をするつもりなのか解らず、不思議そうな顔をしながらも私にこう話すメイドさん。
よし、時間は確保できたし、戦利品の調達をしますか。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと用を済ませてきますね」
私はこう言ってメイドさんから離れるとある場所へと移動する。
そう、さっき倒した白トラ獣人、いや、正確にはビーストマンだっけ? の所へ向かったのよ、目的を果す為に。
そしてアイテムボックスからおもむろに解体刀を取り出し、首を切り落とした。
「なっ!? あんた、一体何を!」
それを見てびっくりしたのは近くで死んだ仲間を葬ろうと作業していた冒険者だ。
私がこのビーストマンに近づいた時は特に何を言うでもなかったから、装備品を剥ぎ取ろうとでもしていると思っていたんだろうけど、それがいきなり首を切り落としたものだから眼を剥いて驚いている。
「ん? 血抜き」
私はそう言うと、白トラビーストマンの足にロープをかけて近くの木に吊るし、次に美味と出ていた黒ヒョウのビーストマンや普通のトラのビーストマンの首をはねて吊るして行った。
「う〜ん、犬とかの弱いのはいいか。別に肉に困っている訳じゃないし」
5体ほど吊るした所で、最初に吊るした白トラビーストマンのところに戻ろうとしたんだけど、そこで私はあることに気が付いた。
そこにいる人全員がこちらを見つめているのよ、それも驚愕の眼で。
「えっ? 皆さん、どうなさったんですか? 私の顔になんかついてます?」
「いや、その、血抜きって……お嬢さん、そいつらをどうするつもりなんだ?」
ん? どうするってどういう意味だろう?
普通に解体して肉にするつもりなんだけど?
まぁ、疑問に思っていたも仕方ないか、とりあえずそのまま伝えてみる事にする。
「どうするって、解体するんですよ。食肉加工するのには、まず血抜きしておかないと鉄臭くなるじゃないですか。だから一番美味しい肉が取れそうなのから順番に吊るしたんだし」
「食肉……って、食べるのか!? ビーストマンを!」
おや、そこまで驚く事なのかな?
だってあっちも食べてたじゃない、人を。
ならこちらがビーストマンを食べてもおかしくはないと思うんだけど。
「そこ、驚く所ですか? いや待てよ、もしかしてこの地域では倒したモンスターの肉を食べないのかも。ああ、それなら驚くのも解ります」
「いや、俺たちだって倒した獲物の肉を食べる事はある。だがビーストマンだぞ?」
あれ? もしかしてビーストマンを食べてはいけないって法律でもこの国にあるのかな? いや、それにしては反応がちょっと変よね。
どちらかと言うと奇異な目で見られてる気がする。
「倒した獲物を食べるのならトラやヒョウを食べてもおかしくはないと思うんですけど……」
「待て待て待て、トラやヒョウなら解る、だがこいつらはビーストマンで……人型で言葉を話すんだぞ? それなのに食べるって」
言葉を喋るのは食べないの? でもさぁ、
「あら、ドラゴンも人の言葉を喋るけど食べるじゃない。ならビーストマンを食べてもおかしくはないと思うんだけど?」
「えっ? ドラゴン?」
「ん? はい、ドラゴンですよ。食べるでしょ?」
ん? ん? なんかさっき以上におかしな空気になったような?
まさかここ、ドラゴンを神格化して信仰してる国だったりして?
「えっと、もしかしてこの国ではドラゴンを食べてはいけないとか?」
「いや、ドラゴンをどうやって食べるんだ? あんなのに出会ったら例えアダマンタイト級冒険者でも生きては帰れないだろうが」
アダマンタイト? よく解らないけど、この国で強い冒険者のことなのかなぁ?
まぁ、こんな初心者エリアの人たちからするとドラゴンは自然災厄級のモンスターだろうから狩ると言う発想はないんだろうね。
こんなことで言い争っても仕方ないし、とりあえず口裏を合わせてあげればいいかな?
「あら? 国が兵をあげれば討伐は出来るでしょ? そのドラゴンの肉は食べずに捨てるの? もったいないわねぇ、極上の肉なのに」
「いや、少なくとも小国ではドラゴン討伐なんてできないし、何よりこの国ではドラゴンを討伐するような事はありえないだろうが……。いやそれ以前に、たとえドラゴンの肉がうまかったとしてもこいつはビーストマンだぞ、うまいはずないだろうが」
あら、この人は前にビーストマンを食べた事があるのかしら?
でもそうねぇ、そこに転がっている犬のビーストマンとかなら食べてもおいしくないみたいだし、そういう弱いのを食べてこういう結論に達したのなら解らないでも無いわ。
「よほど不味いビーストマンを調理して食べたのね。でもねぇ、この吊るしてある5体の肉はかなり美味しいと思うわよ。いいわ。私がきちんとした料理にして食べさせてあげる。食わず嫌いは駆逐しないといけないものね」
「いや、俺はビーストマンを食べた事があるわけじゃ……」
何か言っているようだけど、何を作ったらいいかと思案に入ってしまった私の耳にはまったく入ってこない。
とりあえず一番美味しいと出た白トラさんを解体。
鑑定の結果、全ての部位が美味しい訳ではないようだから、食肉に向くところだけ切り取り、後は破棄。
一応人型だからそのまま放置すると気持ち悪いと言う事で魔法で穴をほって放り込んで埋めておいた。
で、取れた肉なんだけど、綺麗な赤身の肉ね。
モツも美味しいらしいけど、下処理する時間もなさそうだから今日は此方を調理しよう。
キメも細かいし、これならあれが一番かな。
「スキル発動。<オープンキッチン/調理場展開>」
私は光り輝く赤み肉を適当な大きさの幾つかのブロックに切りわけ、使わない分をアイテムボックスに収納する。
そして中から、玉ねぎ、タコ糸、各種ハーブ、岩塩、黒胡椒を取り出した。
まずはハーブを叩いて香りを出した後、それを砕いた岩塩と黒胡椒と混ぜて肉にしっかりとすりこんでキッチンペーパーを敷いた金属製のバットの上に置いていく。
そしてオーブンを220度になるよう予熱をして、玉ねぎをスライス、それが終わったらオーブン用鉄板の上に敷き、再度肉を手に取ってタコ糸で丁寧に縛ってからフライパンで全ての肉の表面を焼き固めた。
そうしたら今度は先程玉ねぎを敷き詰めた鉄板の上に肉を並べてオーブンへと投入、これで後は25分ほど焼くだけだ。
その間に私は残り4体を手際よく解体して肉に変え、アイテムボックスに収納してゆく。
そうしているうちにいい匂いがしてきたので土鍋を取り出して水を入れて加熱し、沸騰したところで火を止めた。
焼きあがった肉の乗った鉄板をオーブンから取り出し、お湯を捨てた土鍋に少量の玉ねぎを入れてからその上に肉を投入。
ふたをして上から厚手のタオルで巻いて余熱に入った。
本当ならアルミホイルとかでくるむんだけど、そんな便利な物はないからその代用ね。
そして最後の仕上げ。
先程肉を焼いて肉汁が残っているフライパンに、オーブンに入っていた玉ねぎを少しとアイテムボックスから出した赤ワインとしょうゆ、そして塩コショウを入れて一煮立ちさせる事によってソースを完成させ、そのまま蓋をして冷ましておく。
余熱、本当なら1時間ほど入れたいところだけど、そんなにみんな待てないだろうから20分ほどで鍋の中から取り出した。
オーブンでの焼き時間を5分ほど長めにしてあるから、中まで火が入っていないという事も無いだろうしね。
その分少し硬くなるだろうけど、屋外での料理だしここは妥協すべき所だろう。
その後5分ほど置いて肉汁が落ち着くのを待ったらスライスしてお皿へ。
上から先程作ったソースをかけてっと。
ババァ〜ン!
ロースト・ビーフ……じゃなかった、ロースト・タイガー、完成です!
アイテムボックスからレジャーシートを幾つか取り出し、その上に皆さんに座ってもらう。
そして薄切りにしたロースト・タイガーを皿に盛り付け、ソースをかけて皆に配って実食です。
キメの細かい、綺麗な赤み肉にナイフを入れると殆ど抵抗なく切ることができた。
そしてそれを口に運ぶと、
「ん〜っ!」
美味しいぃ〜!
うん、やっぱり想像した通りね。
赤身肉はこの調理法が最高だわ。
かみ締めると肉汁と言う名の幸せが口いっぱいに広がっていく。
「さぁ皆さん、食べてみてください。おいしいですから」
「本当か?」
疑いながらも私の表情を見て、一番近くの冒険者さんがロースト・タイガーの手をつけた。
っ!?
一口食べた次の瞬間、彼は表情を変えて猛烈な勢いで食べ始めた。
「ほら、美味しいでしょ」
その姿を見た冒険者さんたちが我先にとロースト・タイガーを頬張るのを見て、私は嬉しそうに笑うのだった。
後書き、だよなぁ
ごめんなさい、予告詐欺です。
この展開が面白くて調子に乗ってしまったため、オーバーロードキャラの初登場はなりませんでした。
でも次回こそは! 次回こそは登場させます。
させられなかったら、どれだけ長くなるんだろう? この話。
このシリーズはそれ程長くやるつもりはなかったのにすでに第7話。
やばい、長編になりそうだw